那谷寺は現在、高野山真言宗別格本山として真言密教のさまざまな加持祈祷を 行っています。
その一方では今も、古代人の素朴な生命観、宗教観が息づいています。岩窟本殿での「胎内くぐり」はその一つでしょう。古代人は、人の魂はあの世からこの世へ循環し続けている(輪廻転生)と考えていました。洞窟は母の胎内を表わし、生きているときの諸々の罪を流して、生まれ変わりの祈りをささげる場所でした。
肉や魚をスーパーで買う現代人と違い、古代の人たちは自ら他の生命を殺めて糧としなければならず、生命活動からくる罪や穢れを洞窟をくぐり抜けることで拭う必要を感じていたのかもしれません。
那谷寺の森は生きとし生けるすべてのものの棲み家、マザーネーチャーなのです。白山や本尊を通して大自然、宇宙を拝みながら、私たちの心奥深くしまい込まれた元から在る魂を呼び起こし、ともに生きることを知る空間でもあるのです。
また、泰澄法師は吉野山から「自然智(じねんち)」の教えをもたらしました。大自然こそ神として、その自然神を拝み、または自然の中で瞑想しながら、生まれながら持っている智を覚醒しようという教えです。
花山法皇、前田利常も観音浄土・補陀落山をこの世に現出しようと庭園を整備されました。それはリッチな極楽の創造ではなく、理想の浄土は素朴な美しい自然に囲まれた世界にあるのです。ですから那谷寺の自然本尊は十一面千手観音、霊峰白山、奇岩遊仙境にあるといえます。
今、那谷寺では、泰澄法師の教えと古代白山信仰を蘇らせようとしています。現代科学や環境保全運動と整合性をもつ「白山信仰」を復活し、1300年の法灯を守りながら、宗教の在り方、新しい価値観の創造を目指します。 |